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イーエクスナニワ物語(4)~ブロックへの熱き情熱~

今回は、コンクリートブロックにまつわる挑戦の記録です。

nsoldpanf.gif関西初!コンクリートブロック量産開始
昭和29年、大阪市西淀川区の1200坪の敷地に当初3名で機械・設備を整え、国産マシン1台による月産3万個体制で、コンクリートブロックの工場生産を始めました。
実は西日本では当社が初めてだったのです(関東ではエスビックさんが初だったそうです)。
ブロックは当初、沖縄で米軍が使い始めていましたが、日本ではまだまだ馴染みの無い商品でなかなか売れませんでした。なんとか郵便局や国鉄(現JR)で使っていただいた後、住宅公団や地下鉄、府、市などで大量に採用されるようになり、民間の住宅の塀等にも浸透して主要建築材料にまでなりました。
kukoushu.gifそんな中、当社も昭和32年に全国で最初(和歌山ブロックさんと同時だったと思う)にJISを許可され(JIS A 5406)ましたが、全国から見学者が多数来場され、講師役の私は忙しかったのを憶えております。

ライバル登場
ブロックが全国に普及しはじめてきますと、早速、とある大企業が莫大な資本を背景に、東京、名古屋、神戸に近代的なブロック工場を開設して参入してきました。マシンも世界最高水準の米国ベッサー社製のものを導入して、大変良い商品を作り、JISも取得するなど、当社にとっては強靭なライバル会社となりました。
私はそれに対抗すべく、国内では当時非常に優れた技術力を持っておられた関口製作所さんの協力の下、国産初の自動マシンを採用し、いろいろと改良を重ねた結果、前述のライバルに劣らない商品を作れるようになったのです。
ちなみに、防水ブロックの製造も行い、私の豊中にある自宅の増築の際、試験的に採用しました。沖縄以外では珍しいブロック造りの2階建てですが、阪神大震災の際もびくともしませんでした。

昭和39年の新幹線開通工事にもナニワの軽量ブロックが国鉄(現JR)に採用されましたが、あのようなスピードと風圧の予測がされなかったため、多数ブロックが破損し(軽量ブロックは砂利の代わりに軽石を使用したので、強度がありませんでした)、京都~新大阪間でのやり直しが寒い時に行われたのも、今では楽しい思い出です。また、地下鉄の工事現場に納めるのも、深夜、車が通らない時に運び込むのも大変な作業でした。

nnwhand.gif「ナニワハンド」誕生!
米国ベッサー社のマシンを見に渡米した際、ブロックを挟むエアーの機械を見ました。その後中島さん(コラム第1回に登場)が改良し、安い価格で全国に販売したのが『ナニワブロックハンドエアーホイスト』です。
それまではブロックを棚、マシンから積み下ろしはすべて人手であったものが機械でできるようになり、皆さんから大変喜んでもらいました。
今でも、東洋工業さんエスビックさんで使われております。



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