イーエクスナニワ物語(最終回)~第1号代理店~
今回は、あるメーカーさんの誕生とイーエクスナニワとのご縁のお話です。
突然の発表
昭和49年5月のゴールデンウィーク後、帝都建鉄(前回のコラムを参照ください)の全国代理店会の席上で、突然、同社の社長より、杉本専務と営業部長、営業次長の3名は前日に退職したと発表され、それ以上の説明は一切ありませんでした。退職された3名の方々はすべてそれまで同社とナニワとのパイプ役を担って下さっていたので、私は「これは困った事になる」と心配でしたが、帝都そのものは業績も順調で、今すぐ3名の幹部がいなくても大丈夫だろうと思い、しばらく取引を続けておりました。
昭和49年クリスマス頃、杉本専務他3名が弊社に来られ、「縁あって東洋サッシさんのバックアップによりエクステリアの新会社を作ったから代理店になって欲しい」と申し入れがありました。
関西初!コンクリートブロック量産開始
昭和29年、大阪市西淀川区の1200坪の敷地に当初3名で機械・設備を整え、国産マシン1台による月産3万個体制で、コンクリートブロックの工場生産を始めました。
実は西日本では当社が初めてだったのです(関東では
そんな中、当社も昭和32年に全国で最初(和歌山ブロックさんと同時だったと思う)にJISを許可され(JIS A 5406)ましたが、全国から見学者が多数来場され、講師役の私は忙しかったのを憶えております。
昭和21年の創業時は戦後すぐで、焼物日本瓦も不足しており、箱にセメントと砂を詰めて天日に干し、日がたつとひび割れするような手作りに近い商品ばかりでした。
そんな中、当社の厚型スレートは、セメントと砂を強度の出る様な配合にした原料を使用し、鉄製マシンと金型を使い、湿度を調整しながらプレスされ、人が乗ってもびくともしない硬い商品でした。
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